60歳、感情の変化 泣くということ

ライフ

60歳というよりも、年とともに感情の変化が弱くなる、あるいは和らいできたような気がする。

オリンピックの男子サッカーの3位決定戦で、久保がメキシコに負けた時に泣きじゃくるのを見て、自分も泣きたい気分になると同時に、純粋な久保の無く様子に感動を覚えた。

あれだけ純粋に泣くことは、今の自分には無いと思う。負けた悔しさから泣いたと思うが、負けたくない、絶対に勝つという強い意志があったから負けた時に純粋に泣き続けられたと私は思う。

今の自分は勝負事以外でも、絶対にこうしたいと言う強い意志を持つことが無い分、心穏やかにいられるのだが、その代わり純粋に泣くということも出来ない。

人間の持って生まれた、泣くという本能が人生の様々な垢によって塗り固められ、純粋に表現することが出来なくなっているのだろう。

人生を重ねて、得たものも多いが、失ってゆくものもあり、泣くとという本能が素直に出せなくなったのを残念に感じる。

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